中野サンプラザは僕にとって非常に思い出深い建物である。
中野サンプラザは、発端は公益事業として設立されたものの、日比谷野外音楽堂や日本武道館などと並び若者文化の発信基地
としての人気も博していたところから、民間への譲渡が求められ、中野区と金融機関・企業の出資によって設立された、
「株式会社まちづくり中野」に売却。
同時に設立された「株式会社中野サンプラザ」が2004年12月に運営を開始し、
ホテル・結婚式会場、スポーツ、カルチャーセンター、コンサート会場・イベントホール、レストラン等を抱える
「文化複合型施設」として利用されるようになりました。
なんともお恥ずかしい話ですが、今の妻とはここで知り合ったのです。
そして結婚を申し込んだのも中野サンプラザです。笑
2009年6月25日木曜日
2009年6月18日木曜日
外国の切手
外国の切手に日本人が数人登場しているらしいです!切手マニアの友人の話だと、
昭和31年、世界平和会議で、世界平和文化人を選出し、日本で選ばれたのが
なぜか雪舟。そして、それを記念してソビエト(現ロシア)とルーマニアで切
手になりました。その他外国切手のモデルとなった人は、何人かいますが、こ
れは有名なところでしょう。葛飾北斎(ルーマニア)、横山大観(旧チェコス
ロバキア)、野口英世(エクアドル)、朝永振一郎(チャド)など…。
こんな事しってるのは、友人以外に俺だけだな!
もっともっと切手に詳しい人は色々情報教えてください!
昭和31年、世界平和会議で、世界平和文化人を選出し、日本で選ばれたのが
なぜか雪舟。そして、それを記念してソビエト(現ロシア)とルーマニアで切
手になりました。その他外国切手のモデルとなった人は、何人かいますが、こ
れは有名なところでしょう。葛飾北斎(ルーマニア)、横山大観(旧チェコス
ロバキア)、野口英世(エクアドル)、朝永振一郎(チャド)など…。
こんな事しってるのは、友人以外に俺だけだな!
もっともっと切手に詳しい人は色々情報教えてください!
2009年6月17日水曜日
退場騒ぎ
昨日野球の試合で退場処分になった!納得いかない!!!!
プロ野球の退場第1号は誰なんだろう??
プロ野球につき物なのが「乱闘」。平成になって
からの退場の例を見ると、打者が投手に暴力をふるって、両軍の乱闘騒ぎとな
って退場になる場合が多くなっています。投手が打者の内角への厳しい球を投
げるようになったのが原因とされています。
ところが、最初に退場になった選手は少し趣きが違います。昭和11年に日本
野球連盟が誕生して、その年の秋からの公式リーグが始まり、早くも11月
20日に退場第1号。甲子園球場でタイガース対セネタース戦が行われた時、
セネタースの苅田遊撃手が審判を突き飛ばして退場させられたというものらしいです。
退場になったのは納得いかないけど、フェアプレーを心がけないとね!
プロ野球の退場第1号は誰なんだろう??
プロ野球につき物なのが「乱闘」。平成になって
からの退場の例を見ると、打者が投手に暴力をふるって、両軍の乱闘騒ぎとな
って退場になる場合が多くなっています。投手が打者の内角への厳しい球を投
げるようになったのが原因とされています。
ところが、最初に退場になった選手は少し趣きが違います。昭和11年に日本
野球連盟が誕生して、その年の秋からの公式リーグが始まり、早くも11月
20日に退場第1号。甲子園球場でタイガース対セネタース戦が行われた時、
セネタースの苅田遊撃手が審判を突き飛ばして退場させられたというものらしいです。
退場になったのは納得いかないけど、フェアプレーを心がけないとね!
2009年6月15日月曜日
ミズムシ
自分は未だにミズムシというものからは無縁であるが、
会社勤めのお父さんから、最近ではルーズソックスを履いた女子高生に至るま
で、多くの人の悩みとなる「水虫」。その正体は「虫」ではなく「白癬菌(ハ
クセンキン)」というかびの一種。ところで、「ミズムシ」という名前の虫が
存在する事をご存知ですか?
ミズムシという虫は2種類いて、ひとつは昆虫類のミズムシ科ミズムシで、別
名フウセンムシと呼ばれるものです。水に浮いたりもぐったりする習性があり、
日本全土にいます。もう一つは甲殻類のミズムシ科のミズムシで、こちらは中
国やシベリアなどの沼や湖にいる虫です。
何故ミズムシという名前になったのかな??
ミズムシはカビなんだから、清潔にしていれば間違いなくミズムシになる事はない。
ちゃんときれいにしておこう!!
会社勤めのお父さんから、最近ではルーズソックスを履いた女子高生に至るま
で、多くの人の悩みとなる「水虫」。その正体は「虫」ではなく「白癬菌(ハ
クセンキン)」というかびの一種。ところで、「ミズムシ」という名前の虫が
存在する事をご存知ですか?
ミズムシという虫は2種類いて、ひとつは昆虫類のミズムシ科ミズムシで、別
名フウセンムシと呼ばれるものです。水に浮いたりもぐったりする習性があり、
日本全土にいます。もう一つは甲殻類のミズムシ科のミズムシで、こちらは中
国やシベリアなどの沼や湖にいる虫です。
何故ミズムシという名前になったのかな??
ミズムシはカビなんだから、清潔にしていれば間違いなくミズムシになる事はない。
ちゃんときれいにしておこう!!
2009年6月12日金曜日
水は大切
最近やたらと水を飲みたくなります。なんだだろう?
人間のカラダのおよそ60%は、水でできているらしいです。
このうち、たった3~4%の水分が失われただけで、
死を招く恐れのある脱水症状に陥るといわれています。
血液中の水分が減って循環不全が生じ、体温の調節機能の異常、
酸素が効率よく体内に運ばれないことから起きる「熱中症」は、現在社会問題にもなっています。
また、水分の足りない生活を続けると、脳梗塞や心筋梗塞などのリスクも高まります。
水は飲まないより飲んだほうが良いみたいですが、水を飲みすぎると死に足るというのも聞いた事があります。
水の致死量はどのくらいなのかな???
人間のカラダのおよそ60%は、水でできているらしいです。
このうち、たった3~4%の水分が失われただけで、
死を招く恐れのある脱水症状に陥るといわれています。
血液中の水分が減って循環不全が生じ、体温の調節機能の異常、
酸素が効率よく体内に運ばれないことから起きる「熱中症」は、現在社会問題にもなっています。
また、水分の足りない生活を続けると、脳梗塞や心筋梗塞などのリスクも高まります。
水は飲まないより飲んだほうが良いみたいですが、水を飲みすぎると死に足るというのも聞いた事があります。
水の致死量はどのくらいなのかな???
2009年6月11日木曜日
胃腸の様子
一昨日から胃腸の様子がおかしい。あきらかに消化不良だ。
消化の流れはどのようになっているのか調べてみた!
食物は消化を助ける唾液とともに口で咀嚼され、胃に運ばれて、一時的に貯められます。
蛋白質を分解するペプシンを含む胃液によりドロドロにとかされ、少しずつ小腸に送り出されます。
小腸では膵液、胆汁や腸液により各栄養素に分解され、分解された各栄養素は、
主に小腸から吸収され血液に入り、肝臓に送られ、全身に運ばれます。
残ったカスは、大腸に送られ、水分や電解質の吸収が行われ、最後に便となって肛門から排出されます。
この一連の働きが、スムースに行われる必要があります。
明日は必ず病院にいこう…仕事に集中できない。。。
消化の流れはどのようになっているのか調べてみた!
食物は消化を助ける唾液とともに口で咀嚼され、胃に運ばれて、一時的に貯められます。
蛋白質を分解するペプシンを含む胃液によりドロドロにとかされ、少しずつ小腸に送り出されます。
小腸では膵液、胆汁や腸液により各栄養素に分解され、分解された各栄養素は、
主に小腸から吸収され血液に入り、肝臓に送られ、全身に運ばれます。
残ったカスは、大腸に送られ、水分や電解質の吸収が行われ、最後に便となって肛門から排出されます。
この一連の働きが、スムースに行われる必要があります。
明日は必ず病院にいこう…仕事に集中できない。。。
2009年6月8日月曜日
刺身の食べ方
おすし屋さんの話によるとお刺身にしょうゆをつけて食べるようになったのは、歴史的にはそんなに古くないそうです。
もっとも原始的な調理方法であり、日本人は昔から魚を食べていますが、もっとも古い調理の形として「なます」がというモノがあるそうです。
「なます切り」という言葉もあるくらいで、ようは生魚をひと口大にぶつ切りにしたものです。
「わさび」や「しょうが」、「たで」などを加えた酢で食べられていました。
なまですにつけて食べるから「なます」ですね。
今は刺身といえばわさびとしょうゆですが、この食べ方になったのは200年くらい前、江戸時代後期だそうです。
新鮮な魚を食べれるのは漁師さんのおかげなので、感謝感謝ですね!
もっとも原始的な調理方法であり、日本人は昔から魚を食べていますが、もっとも古い調理の形として「なます」がというモノがあるそうです。
「なます切り」という言葉もあるくらいで、ようは生魚をひと口大にぶつ切りにしたものです。
「わさび」や「しょうが」、「たで」などを加えた酢で食べられていました。
なまですにつけて食べるから「なます」ですね。
今は刺身といえばわさびとしょうゆですが、この食べ方になったのは200年くらい前、江戸時代後期だそうです。
新鮮な魚を食べれるのは漁師さんのおかげなので、感謝感謝ですね!
2009年6月5日金曜日
タバコ
みなさんタバコが元は医薬品だったと知っていますか?
ヨーロッパにタバコを伝えたのは、アメリカ新大陸を発見したコロンブスらしいんですが、
彼が新大陸を発見した時に、現地のインディアンたちが吸っていたタバコを持ち帰ったそうです。
当初はタバコは現在のように単なる嗜好品として吸うのではなく、医薬品として紹介されていました。
つまり、たばこを吸って、脳の中の悪い湿気を取り除いたり、神経痛とかぜんそくを治したり、
あるいはペストの予防薬として使用されていました。
やがて、たばこは医薬品ではなく、単なる喫煙用のくさであると伝えられてからも、
しばらくの間は医薬的効果があると考えられていました。
その証拠に、イギリスの小学生はパイプとタバコを必ず持って登校し、授業の間の休み時間には、
先生の指示のもとに一斉にパイプに火をつけたそうです。
今では分煙化も進み、悲観的にみられる事が多くなっていますね。
医薬品として効果があるというのは根拠があったのかな?
ヨーロッパにタバコを伝えたのは、アメリカ新大陸を発見したコロンブスらしいんですが、
彼が新大陸を発見した時に、現地のインディアンたちが吸っていたタバコを持ち帰ったそうです。
当初はタバコは現在のように単なる嗜好品として吸うのではなく、医薬品として紹介されていました。
つまり、たばこを吸って、脳の中の悪い湿気を取り除いたり、神経痛とかぜんそくを治したり、
あるいはペストの予防薬として使用されていました。
やがて、たばこは医薬品ではなく、単なる喫煙用のくさであると伝えられてからも、
しばらくの間は医薬的効果があると考えられていました。
その証拠に、イギリスの小学生はパイプとタバコを必ず持って登校し、授業の間の休み時間には、
先生の指示のもとに一斉にパイプに火をつけたそうです。
今では分煙化も進み、悲観的にみられる事が多くなっていますね。
医薬品として効果があるというのは根拠があったのかな?
2009年6月4日木曜日
衝撃の一言
ドラえもんについて衝撃の一言を聞いてしまった。
その衝撃の一言を発表する前にドラえもんについて簡単にうんちくを紹介します!
ドラえもんはゴムマリの手で、指はありません。
ですから手にはなんでも吸いつける力があります。
このゴムマリの手でドラえもんが困ることと言えば、じゃんけんでグーしか出せないことです。
のび太に何回もじゃんけんで負けています。
さらに、のび太が「もしもボックス」を使ってあやとりが出来る人が偉いと言うことをしたときには、
一人だけあやとりが出来なかったこともありました。
また、ドラえもんは地面から3mm浮いているのです。
ただし足の速さはのび太と同じくらい遅いです。
しっぽを引っ張ると、ドラえもんの電源が切れます。
また、鈴は以前は鳴らすとネコが集まる「ネコ集め鈴」だったのですが、故障して、
今はビデオになっています。(ただし、1回ほどしかビデオとして使われていません。)
ちなみに、ドラえもんが最初のび太の家に来たときに、食べたものはお餅です。
最初にのび太に言った衝撃の言葉は「野比のび太は三十分後に首をつる」らしいです。
その衝撃の一言を発表する前にドラえもんについて簡単にうんちくを紹介します!
ドラえもんはゴムマリの手で、指はありません。
ですから手にはなんでも吸いつける力があります。
このゴムマリの手でドラえもんが困ることと言えば、じゃんけんでグーしか出せないことです。
のび太に何回もじゃんけんで負けています。
さらに、のび太が「もしもボックス」を使ってあやとりが出来る人が偉いと言うことをしたときには、
一人だけあやとりが出来なかったこともありました。
また、ドラえもんは地面から3mm浮いているのです。
ただし足の速さはのび太と同じくらい遅いです。
しっぽを引っ張ると、ドラえもんの電源が切れます。
また、鈴は以前は鳴らすとネコが集まる「ネコ集め鈴」だったのですが、故障して、
今はビデオになっています。(ただし、1回ほどしかビデオとして使われていません。)
ちなみに、ドラえもんが最初のび太の家に来たときに、食べたものはお餅です。
最初にのび太に言った衝撃の言葉は「野比のび太は三十分後に首をつる」らしいです。
七味唐辛子
みなさん七味唐辛子が七味が何なのか知っていますか??
私も昨日知ったのですが七味は全て体によいものなんですよ!!
日本での七味唐辛子のルーツは1625年(寛永2年)、
初代からしや徳右衛門という人が江戸、薬研堀(やげんぼり)で
売り出したことから始まります。
薬研堀は現在の東京は両国橋のあたりで、
「薬研(やげん)」とは当時の薬(漢方薬)をすり潰す道具の事であり、
その名の示すように周囲は医者や薬問屋が集まっていた所だそうです。
当時、漢方薬を食に利用できないか、と考案されたのが七味唐辛子だそうです。
現在では調味料として使われていますが体に良いなんて聞いたらたくさん使いたくなってしまいますね。
私も昨日知ったのですが七味は全て体によいものなんですよ!!
日本での七味唐辛子のルーツは1625年(寛永2年)、
初代からしや徳右衛門という人が江戸、薬研堀(やげんぼり)で
売り出したことから始まります。
薬研堀は現在の東京は両国橋のあたりで、
「薬研(やげん)」とは当時の薬(漢方薬)をすり潰す道具の事であり、
その名の示すように周囲は医者や薬問屋が集まっていた所だそうです。
当時、漢方薬を食に利用できないか、と考案されたのが七味唐辛子だそうです。
現在では調味料として使われていますが体に良いなんて聞いたらたくさん使いたくなってしまいますね。
登録:
コメント (Atom)